千葉県南房総市:高家神社:料理の神様

高家神社
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今回は千葉県南房総市:高家神社のご紹介です。

日本で唯一の料理の神様を祀っております。

料理人なら一度は行きたい神社です。料理人じゃなくても一見の価値ありますよ。


高家神社
〒295-0012 千葉県南房総市千倉町南朝夷164

沿革

「日本書紀」の第12代景行天皇53年冬10月の条に祭神・磐鹿六雁命について記されていますが、延暦8年(789)に磐鹿六雁命の子孫である高橋氏が朝廷に奉ったとされる「高橋氏文うじぶみ」にさらに詳細に記述されています。

景行天皇が皇子日本武尊やまとたけるの東国平定の事績を偲び、安房の浮島の宮に行幸された折、侍臣の磐鹿六雁命が、弓の弦つるをとり海に入れた所堅魚かつおを釣りあげ、また砂浜を歩いている時、足に触れたものを採ると白蛤しろうむぎ(=はまぐり)がとれました。

磐鹿六雁命はこの堅魚と白蛤を膾なますにして差し上げたところ、天皇は大いに賞味され、その料理の技を厚く賞せられ、膳大伴部かしわでのおおともべを賜りました。

この功により若狭の国、安房の国の長と定められ、以後代々子孫は膳かしわでの職を継ぎ、もし世継ぎのないときは、天皇の皇子を継がせ、他の氏を交えず、皇室の食事を司るよう賜りました。

また、大いなる瓶(かめ=べ)に例え、高倍さまとして宮中醤院ひしおつかさで醤油醸造・調味料の神として祀られています。

醤には、野菜を発酵させた草醤くさびしお、穀物を発酵させた穀醤こくびしお、魚などを発酵させた肉醤にくびしおがあった。

今でいう漬物・味噌醤油・塩辛の三種だが、これらは日本料理の基礎をなすものであり、磐鹿六雁命が料理の祖神とされる由縁です。

高家神社は延喜式神名帳に登載される小社の一つです。現在の所に祀られたのは江戸時代の初頭にさかのぼります。

元和6年(1620)、現在の宮司の祖先となる高木吉右衛門が桜の木の下から、木像と二面の御神鏡を発見し、社を建てて祀りました。

200年余りの後、この鏡面に御食津神みけつかみ、磐鹿六雁命と記されていたことがわかり、当時所在があきらかではなかった高家神社の御神体であるとして、文政2年(1819)に京都吉田御所に証を願い、御幣帛ごへいはくをいただきました。

神社拝殿内正面の御神号額はこの時のもので、神祇道管領卜部朝臣良長うらべあそんよしながの銘が刻まれています。

江戸時代以降、醤油沿革史の著者・田中直太朗(金銚子)氏、料理法大全の石井治兵衞氏、さらには日本料理研究会初代理事長・三宅孤軒氏等の労により、祭神の御神徳が発揚され今日に到っています。

神社情報

夏の間は風鈴で飾られていて涼しげです。夜は幻想的な風景になるので、おすすめスポットです。

御祭神:磐鹿六雁命いわかむつかりのみこと(尊称・高倍神たかべのかみ)天照大神・稲荷大神を併せ祀る

例大祭:特殊神事 庖丁式 毎年、5月17日、10月17日(旧神嘗祭かんなめさい)と11月23日(旧新嘗祭にいなめさい)に高家神社境内で庖丁式の奉納が執り行われています。

鎮座地:〒295-0012 千葉県南房総市千倉町南朝夷164

神事・祭事

特殊神事 庖丁式

今からおおよそ1100年余り昔、時の58代光孝天皇は料理に造詣が深く、天皇の命により様々な料理をまとめて後世に伝えたのが四條流の祖といわれる四條中納言藤原朝臣山陰卿あそんやまかげきょうでした。光孝天皇の時代(平安時代)から朝廷を始め、貴族社会の人々により、宮中行事の一つとして行われてきたのが「庖丁儀式」です。

烏帽子えぼし、直垂ひたたれをまとい、庖丁とまな箸を用い、一切手を触れることなく、鯉、真鯛、真魚鰹まながつおなどを調理します。古式に則った所作とその庖丁さばきは、熟練の技。日本料理の伝統を今に伝える厳粛な儀式です。
毎年、5月17日、10月17日(旧神嘗祭かんなめさい)と11月23日(旧新嘗祭にいなめさい)に高家神社境内で庖丁式の奉納が執り行われています。

2月 梅見会

5月 17日  春季例祭・四條流千葉県支部たかべ社中 庖丁式奉納

10月17日  秋季例祭・四條眞流一門 庖丁式奉納(旧神嘗祭かんなめさい)

11月23日  新穀感謝祭・四條流石井派一門 庖丁式奉納(旧新嘗祭にいなめさい)

毎月 17日  月次祭・庖丁供養祭

御朱印

境内案内

彼氏の心を掴むならまず胃袋からという事で、恋愛スポットとなっております。

 

 

 

 

拝殿からの眺めは凄くいいですよ。

この頃はあまり見ないサルノコシカケ

限定の醤油です。しっかり清められてます。