千葉県の成田山新勝寺

成田山新勝寺
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皆さん!最近散歩してますか?本日は千葉県成田市にあると成田山新勝寺にやってまいりました。

散歩っていいですよ!!ヽ(*⌒∇^)ノヤッホーイ♪超有名な成田山新勝寺でテンション上がってます。

散歩は大人が子供に戻れる時間、何気ないひと時が、冒険に代わりますよ!イイネ |ー^)b

さあ、きょうはどうかな~~~~散歩に出かけましょう!!散歩散歩♪(´∀`*)ノ~~~\⊆^U)┬┬ノ~

ということで、今日のコケ散歩は近くの廣幡八幡宮に行ってきました。

千葉県成田市成田山新勝寺

今日は千葉県成田市にある成田山新勝寺にやってまいりました。

病気をしてからこんなに遠くまで来たのはたぶん2か月ぶりだと思います。

我妻に感謝です。.。.:*・゚☆ヾ(●´Д`(*’-‘* )☆.。.:*・゚アイシテルヨ

千葉県成田市成田山新勝寺の境内

  • 住所:千葉県成田市成田1番地の1[
  • 電話番号:0476-22-2111
  • 営業時間:6:00~16:00

冬は早く閉まるのでお気を付けを

交通アクセス

  • 自動車:東関東自動車道成田ICから、国道295号線へ出て、寺台インターへ向かってください。首都圏中央連絡自動車道(圏央道)にてお越しの方は、大栄JCTで東関東自動車道に乗り継ぎ、成田ICでお降りください。圏央道 茨城県区間全線開通でさらに便利に
    平成29年2月26日に「境古賀IC〜つくば中央IC」間が開通し、さらに便利になりました。
  • 電車:「京成電鉄 京成成田駅」または「JR線 成田駅」より 徒歩10分

成田山新勝寺より

成田山新勝寺のパンフレット

成田山新勝寺

パンフレットもおしゃれなので是非いただいて、持って帰り、記念としてください。

それでは成田山新勝寺の苔巡りをしたいのですが、あまりに画像が多くなり、こちらでも掲載しますが、YouTubeにもまとめましたので、そちらのほうがスクロールする手間が省けると思います。

成田山新勝寺の神様:不動明王とは

密教の根本尊である大日如来の化身であると見なされている。「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多い。真言宗では大日如来の脇侍として、天台宗では在家の本尊として置かれる事もある。縁日は毎月28日です。

ですが、只今コロナ渦なので・・・やってない

真言・種子・三昧耶形

真言

不動明王の真言には以下のようなものがある。 一般には、不動真言の名で知られる、小咒(しょうしゅ)、一字咒(いちじしゅ)とも呼ばれる真言が用いられる。

「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
(namaḥ samantavajrānāṃ hāṃ)
(すべての諸金剛に礼拝する。ハーン。)

また、長い真言には、火界咒(かかいしゅ)と呼ばれる真言があります。

「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」
(namaḥ sarvatathāgatebhyaḥ sarvamukhebhyaḥ sarvathā traṭ caṇḍamahāroṣaṇa khaṃ khāhi khāhi sarvavighanaṃ hūṃ traṭ hāṃ māṃ)

その中間に位置する、慈救咒 (じくじゅ)と呼ばれる真言も知られます。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」
(namaḥ samantavajrānāṃ caṇḍa-mahāroṣaṇa sphoṭaya hūṃ traṭ hāṃ māṃ. 
(すべての諸金剛に礼拝する。怒れる憤怒尊よ、砕破せよ。フーン、トラット、ハーン、マーン。)

実際に本堂で正座しながら聞くと感動しますよ。私は合っているのか身体が温かくなります。

種子

種子(種子字)はカン(हां、hāṃ)Bonji-hāṃ.png、あるいはカンマン(ह्म्मां、hmmāṃ)BonjiHaammaam.png

印相

  • 不動根本印
  • 不動剣印

三昧耶形

三昧耶形は利剣(倶利伽羅剣)、あるいは羂索。

起源

梵名の「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「揺るぎなき守護者」の意味である。

「不動」の尊名は、8世紀前半、菩提流志(ぼだいるし)が漢訳した「不空羂索神変真言経」巻9に「不動使者」として現れるのが最初である。『大日経』では大日如来の使者として「不動如来使」の名が見え、『大日経疏』では「不動明王」の語が使われている。大日如来の脇侍として置かれる事も多い。

密教では三輪身といって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つの姿で現れるとする。「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、悟りの境地をそのまま平易に説く姿を指す。これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、外道に進もうとする者はとらえて内道に戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。不動明王は大日如来の教令輪身とされる。煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。

起源をヒンドゥー教のシヴァ神とする説があります。ちょい怖いですが、人間を救うという事ですから怖がらないでねー

像容

また、その身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多い。頂は七髷か八葉蓮華、衣は赤土色、右牙を上に出し左牙を外側に出す、というのが一般的とされる。不動明王は多くの明王の中でも中心的な存在である。以下に典型的な像の形を示す。密教の明王像は多面多臂の怪異な姿のものが多いが、不動明王は一面二臂で降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る)と羂索(けんさく/けんじゃく。悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を縛り吊り上げてでも救い出すための投げ縄のようなもの)を持つのを基本としている(密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれ、後述のように日蓮は四臂の不動明王を感得しているが、立体像として造形されることはまれである)。剣は竜(倶利伽羅竜)が巻き付いている場合もあり、この事から「倶利伽羅剣」と呼ばれている。

  • 東寺講堂像(坐像) – 空海(弘法大師)の創意に基づくという意味で「弘法大師様(よう)」と呼ばれる像容。両目を見開き、上唇で下唇を噛み、両牙を下方に出すのが特徴。後世多く作られた、天地眼(片目を半眼にする)・牙上下出(牙を片方は上、もう片方は下に出す)の不動明王とは図像的に異なっている。
  • 浪切不動(立像) – 高野山南院に伝わる、空海が唐から将来したと伝える像である。頭部を右下方に向け、右目を見開き、左目をすがめ、両牙を下に出す。空海が唐からの帰途、荒波に襲われた際にこの不動に祈ったところ波が去ったという伝説がある。
  • 黄不動(立像) – 園城寺に伝わる画像で、円珍感得像と伝える。両目を見開き、上唇で下唇を噛み、両牙を上方に出す。上半身裸形、体躯は筋骨隆々として肥満し、虚空を踏んで立っていてりりしいです。

インドで起こり、中国を経て日本に伝わった不動明王であるが、インドや中国には、その造像の遺例は非常に少ない。日本では、密教の流行に従い、盛んに造像が行われた。

また、日蓮宗系各派の本尊(いわゆる十界曼荼羅)にも不動明王が書かれている為、日蓮宗でも不動明王を奉安する寺院が存在する[注 3]愛染明王と同様、空海によって伝えられた密教の尊格であることから、日蓮以来代々種子で書かれている。なお日蓮の曼荼羅における不動明王は生死即涅槃を表し、これに対し愛染明王は煩悩即菩提を表しているとされます

眷属

不動三尊

不動明王は、八大童子と呼ばれる眷属を従えた形で造像される場合もある。ただし、実際には八大童子のうちの2名、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)を両脇に従えた三尊の形式で絵画や彫像に表されることが多い(不動明王二童子像または不動三尊像と言う)。三尊形式の場合、不動明王の右(向かって左)に制吒迦童子、左(向かって右)に矜羯羅童子を配置するのが普通である。矜羯羅童子は童顔で、合掌して一心に不動明王を見上げる姿に表されるものが多く、制吒迦童子は対照的に、金剛杵(こんごうしょ)と金剛棒(いずれも武器)を手にしていたずら小僧のように表現されたものが多いです。

八大童子の彫像の作例としては、高野山金剛峯寺不動堂に伝わった国宝の像がよく知られる。この他に三十六童子、四十八使者と呼ばれるものがあります。

また東寺のように五大明王と呼ばれる主要な明王の中央に配されることも多いです。

まー見るところが多すぎて一回では無理。

八大童子

三十六童子

  • (1) 矜迦羅童子(こんがら)
  • (4) 光網勝童子(こうもうしょう)
  • (7) 智慧幢童子(ちえどう)
  • (10) 不思議童子(ふしぎ)
  • (13) 伊醯羅童子(いけいら)
  • (16) 阿婆羅底童子(あばらち)
  • (19) 法挟護童子(ほうきょうご)
  • (22) 小光明童子(しょうこうみょう)
  • (25) 僧守護童子(そうしゅご)
  • (28) 虚空蔵童子(こくうぞう)
  • (31) 戒光慧童子(かいこうえ)
  • (34) 善爾師童子(ぜんにし)
  • (2) 制吒迦童子(せいたか)
  • (5) 無垢光童子(むくこう)
  • (8) 質多羅童子(しったら)
  • (11) 羅多羅童子(あらたら)
  • (14) 獅子光童子(ししこう)
  • (17) 持堅婆童子(じけんば)
  • (20) 因陀羅童子(いんだら)
  • (23) 仏守護童子(ぶっしゅご)
  • (26) 金剛護童子(こんごうご)
  • (29) 宝蔵護童子(ほうぞうご)
  • (32) 妙空蔵童子(みょうくうぞう)
  • (35) 波利迦童子(はりか)
  • (3) 不動恵童子(ふどうえ)
  • (6) 計子爾童子(けいしに)
  • (9) 召請光童子(ちょうしょうこう)
  • (12) 波羅波羅童子(はらばら)
  • (15) 獅子慧童子(ししえ)
  • (18) 利車毘童子(りしゃび)
  • (21) 大光明童子(だいこうみょう)
  • (24) 法守護童子(ほうしゅご)
  • (27) 虚空護童子(こくうご)
  • (30) 吉祥妙童子(きっしょうみょう)
  • (33) 普香王童子(ふこうおう)
  • (36) 烏婆計童子(うばけい)

四十八使者

左方
  • (1) 倶哩迦羅龍王
  • (4) 天五母夜叉王
  • (7) 三十三天各各天王
  • (10) 修羅金縛王
  • (13) 多羅迦王
  • (16) 五天人散羅王
  • (19) 迦毘羅修法王
  • (22) 倶多遷化天王
  • (2) 健達藥叉王
  • (5) 初禪若干大梵王
  • (8) 阿迦尼多天王
  • (11) 大鉢沙羅王
  • (14) 牛頭密呪王
  • (17) 神母大小諸王
  • (20) 藥叉諸天王
  • (23) 火羅諸天王
  • (3) 尸棄大梵王
  • (6) 二三四禪大明王
  • (9) 央倶將迦羅王
  • (12) 拔苦婆多羅王
  • (15) 光火炎摩王
  • (18) 捶鐘迦羅大王(搥鐘迦羅大王とも音写する)
  • (21) 三界授天大王
  • (24) 皆攝持天王
右方
  • (25) 金剛修羅王
  • (28) 一切諸法受用王
  • (31) 護持諸法王
  • (34) 急急大小神天王
  • (37) 神王眷屬大智王
  • (40) 諸神皆得大王
  • (43) 迦葉大王
  • (46) 會集神王
  • (26) 神王引攝大王
  • (29) 迦葉大呪大士王
  • (32) 吽發多羅王
  • (35) 那縛迦羅王
  • (38) 摩登迦羅天人王
  • (41) 一一東西南北王
  • (44) 沙羅仙大神王
  • (47) 太一徳王
  • (27) 二十八宿諸大王
  • (30) 一一各有大士王
  • (33) 蘇小拔苦王
  • (36) 悉底地大士王
  • (39) 天地受用大明王
  • (42) 密呪受持王
  • (45) 莫呪大呪大明王
  • (48) 一切諸神王

Wikipedia

成田山新勝寺の御朱印

成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印 成田山新勝寺の御朱印

同じ場所でも書き手で全く違うのも味ですね。

伽藍

境内は広く、新旧の様々な伽藍が立ち並び、庶民の信仰の場の雰囲気を残している。江戸中期〜末期の建築である仁王門、三重塔、釈迦堂、額堂、光明堂の5棟が国の重要文化財に指定されていて非常にうつくしいです。

成田駅及び京成成田駅の「参道口」から新勝寺への参道が延び、門前町をなしている。参道を10分ほど歩き、急な石段を上った先の台地上に伽藍が広がる。石段の途中に仁王門、石段を上った先の正面に大本堂、その手前右手に三重塔、鐘楼、一切経蔵などが建つ。この他、大本堂の左手に釈迦堂、大本堂背後の一段高くなった地には額堂、光明堂、開山堂、平和の大塔などが建つ。境内の東側は広大な成田山公園になっているので、お散歩にどうぞ。

総門

開基1070年記念事業として2006年(平成18年)に竣工した。境内入口に建つ。総欅造り。高さ15m、桁行14.2m、梁行6.3m(設計:財団法人建築研究協会 施工:大林組、金剛組、日本木彫連盟江戸木彫刻)。2階部には不動明王や千手観音、大日如来など8体の木製仏像が奉安されています。

光輪閣

境内入口、仁王門左方に建つ鉄筋コンクリート造建築で1975年(昭和50年)の竣工(設計:石本建築事務所 施工:共同企業体)。護摩祈祷の受付、精進料理の接待など、信徒向けに使われる建物です。

私は入ったことがないです。

仁王門

国の重要文化財。参道から大本堂へ至る急な階段の途中に建つ。入母屋造の八脚門で、1830年(天保元年)の建立。

中々重厚な作りですよ。

大本堂

仁王門をくぐり、石段を上りきった正面に建つ、当寺の中心となる堂。本尊不動明王像を安置する。入母屋造り二重屋根の鉄筋コンクリート造で、規模は間口95.4m、奥行59.9m、棟高32.6m。1968年建立(設計:吉田五十八研究室 施工:大林組)。

鉄筋工コンクリート作りですが、そう思わせない位の作りです。

これだけのものですからねー木材ってわけにはいかんでしょ。

三重塔

国の重要文化財。大本堂の手前右手に建つ、1712年(正徳2年)建立の塔。高さ25mの中規模の塔だが、近くにある大本堂に比較して小さく見える。軒裏には垂木(軒を支える棒状の部材)を用いず、雲文を刻んだ板で軒を支える板軒とする。初層は各面の中央を扉とし、その両脇の柱間には十六羅漢の彫刻を施す。この他、柱、長押、貫などの部材に地紋彫りを施すなど、近世建築らしく装飾性豊かな塔である。

釈迦堂

国の重要文化財。大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、1858年(安政5年)建立の旧本堂。後述の光明堂(これも旧本堂)と似た形式になるが、規模はこちらの方が一回り大きく、屋根正面に千鳥破風を付ける点も異なっている。堂の周囲には二十四孝と五百羅漢の浮彫が施されている。

額堂

国の重要文化財。大本堂左裏の階段を上った先の平地に位置する。1861年(文久元年)に建てられた2番目の額堂であり、正面3間、背面6間、梁間2間の入母屋造、全面吹き放し(建具や壁を造らない)の堂で、絵馬を掲げるための建物である。建立当初は背面は板壁であった。東北地方太平洋沖地震以後、掲げてある絵馬(普通の絵馬ではなく額装され絵画のように大きい)が強い余震により落下する恐れが生じたため、立ち入りが一時禁じられ、2015年から2016年にかけて安全確保のための修復が行われた。

光明堂

国の重要文化財。額堂のさらに先に建つ入母屋造の仏堂で、1701年(元禄14年)建立。釈迦堂が本堂になる前の旧本堂である。愛染明王、不動明王、大日如来が祀られている。愛染明王が祀られた右側は自由に立ち入り可能。成田祇園祭の期間中は霊剣「天国宝剣」(あまくにのほうけん)を用いる「天国宝剣頂戴」(お祓い)が受けられる[12]

一切経堂

三重塔の前。1722年(享保7年)に建てられた。方三間、宝形造。一切経が収められた輪蔵。

平和大塔

「平和の大塔」とも称する。境内最奥に建つ、鉄筋コンクリート造、高さ58.1mの多宝塔形の仏塔で、1984年の建立(設計監理:財団法人建築研究協会 施工:大林組)。外観は二重塔だが内部は5階建てである。塔の基壇部分にある1階は霊光殿と称し、大塔入口と写経道場のほか、絵馬などの文化財を展示している。2階は明王殿と称し、不動明王を中心とする五大明王の巨像を安置し、昭和曼荼羅、真言宗祖師伝などの絵画で荘厳されている他、大塔各所を警備するコンソールが置かれている。3階・4階はそれぞれ経蔵殿、法蔵殿と称し、信徒が奉納した不動明王の小像を多数安置している。5階は金剛殿と称し五智如来像を安置する。全館立ち入り自由(1階以外は土足厳禁)で、2階・5階では自分の守護仏を拝むことができる。地下には各国の元首から寄せられた「平和へのメッセージ」を封入したタイムカプセルが、落慶した1984年(昭和59年)、記念に埋められている。このタイムカプセルは2434年に再発掘・開封予定です。

一階にある成田屋にゆかりの絵馬などは迫力あっていいです。広重の絵馬はド迫力。

奥之院

成田山新勝寺の本尊である不動明王の本地仏である大日如来像が安置されている。通常は閉鎖されており、大日如来の祭礼である成田祇園祭の期間中(その他の例外も有り)のみ開帳される。

成田山公園

境内の東側一帯に広がる、池を中心とした大公園で、広さは165,000m2

薬師堂

成田駅方向から、成田山へ向かう三差路の左側、成田山新勝寺飛地境内に位置する。光明堂が本堂になる前の旧本堂である。1655年(明暦元年)に建立され1855年(安政2年)に現在地に移転した。成田山新勝寺建物としては、現存する中で最も古い建物であるが、創建当時の構造材は少ない。2011年から2年掛けて保存修復工事が施された。

醫王殿

2017年11月28日落慶。開基1080年の記念事業として平和の大塔の横に建立された。本瓦、総欅造り。薬師堂に鎮座していた薬師如来像と平和の大塔に奉安されていた十二神将像がこちらに移されて祀られ、健康長寿・当病平癒の祈祷に利用されている。

湯殿山権現社

JR成田駅東口の成田駅前交番裏に位置する。成田山の管理地であり、成田山の祭礼である成田祇園祭は、元々は湯殿山権現の祭りとして執り行われていた。境内には、小さな祠と多くの石碑がある。湯殿山の名は、出羽三山の湯殿山の流れをくむものである。また境内は聖地につき関係者以外立入禁止となっている。

交通安全祈祷殿

国道51号の成田山入口交差点を入り、少し行くと左側に位置する。その名の通り交通安全祈祷を行う場所。成田山の交通安全祈祷は、昭和30年代より始められた。成田山入口交差点には「仏心で 握るハンドル 事故はなし」と書かれた成田山の看板がある。

Wikipedia

成田山新勝寺の苔紹介

成田山新勝寺

亀がすごくいるので、亀好きはナイススポット

とんでもないほどです。

苔ファンは絶対言ったほうがいい。というより全体が素晴らしい。

是非、参拝して、御護摩に参列してから苔を散策しに行きましょう。

もちろん帰りは、おせんべいとお酒も買い忘れない様に!!

イヤーディズニーランドです。苔のディズニーランド、何度嫁さんが立ち止まり私のことを待ってくれたことか。

今回は御朱印も貰いまして、公園は疲れていけませんでしたが、是非、近いうちにまた公園に行ってみたいと思います。

ほんとぼーーーーっとするのって気持ちいい。

はたから見たら、(=゚∇゚)ボーっと苔を眺める私はかなり不審者だったことでしょう。

鉄道マニアの気持ちが少しわかる気がしました。m(_ _)m ゴメンナサイ

ということで、もしかしてかなり祓われた?と主ながら成田山新勝寺をあとにし、本日の苔散歩終了です。

散歩中も、道端の苔を見ると立ち止まって眺めているのですが、なんだか変な人だなって思われてると思います。

でも、です。

散歩をこうしてすると、自分の世界に浸れます。

落ち込んだ時、いやなことがあった時散歩をすると、元気がもらえる!!ファイトーー!( °ロ°)乂(°ロ° )イッパーーツ!!

神社(パワースポット)なら、さらにパワーアップすると思いますよ

ということで、また「コケ散歩」したいと思います史

では(^ _ ^)/~~サヨナラ

以上最後までお読みいただきありがとうございました。